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動画「夢の守り人」のイメージストーリーです。こちらは後編。
それから俺は、「彼女」に代わる新しいヴォーカリストを探し始めた。
小鳥たちの賛成は得られなかった。
「彼女」が歌に込めた想いを受け継ぐ者などいるわけがない――そう言われた。
そうかも知れない。しかし俺は諦められなかった。
「彼女」の言葉は、今でもはっきりと思い出せる。
それは小鳥たちも同じはずだった。
俺はツテを通して募集をかけ、オーディションを開いた。
本音を言えば、小鳥たちも立ち会わせたかったが、彼女たちにはもう少し時間が必要だ。
何十人、何百人の歌声を聞き、話をした。
国中の土地を周り、「彼女」の歌を背負える歌い手を探した。
しかし――結果は好ましくなかった。
中には、一流と言ってもいいくらいの歌い手もいた。
しかし、俺たちが求めるものは、必ずしも技術ではない。
断り続けたことが響いたのだろう。
応募はどんどん減り続け、レベルも下がり、いつしかゼロになった。
行き詰まりだ。
やはり、「彼女」の歌は「彼女」にしか歌えないのか。
「彼女」が守ろうとしたものを、同じように守る者は、いないのだろうか。
失意のままに、俺は、ある街角へとやってきた。
小鳥たちと……そして「彼女」と、初めて出会った場所だ。
もう何年になるだろう。
あの時、ここで、彼女たちの音を聴いていなければ、今の俺はなかった。
でも、もしもあの日、彼女たちと出会わず、別々の道を歩んでいたのなら。
彼女が命を落とすことは、なかったのだろうか?
……思い上がりだ。
人の運命なんて、誰にも分かりはしない。
俺を、小鳥を、あずさを、律子を駆り立て、走らせていたのは、紛れもない、「彼女」の歌声だったのだ。
電池が切れた時計、燃料が切れた自動車、弦が切れたギター。
失ってしまった以上、もう元には戻れない。
……ここまでか。
心の中でそう呟いて、俺は、その懐かしい場所を後にしようとした。
その時だ。
「彼女」が立っていた場所に、誰かが立ち止まるのが見えた。
野暮ったいコートを着て、リボンをつけた、女の子だ。
小さな、年代物のCDプレイヤーを抱えている。
なぜか気になった。
しばらく見ていると、少女は――どこか遠くを見上げてから、プレイヤーのスイッチを入れた。
ノイズと共に前奏がはじまる。
……「彼女」の歌だった。
CDもかなり売れたしカラオケにだって配信された曲だ。
あの歌を知っていて、歌う人がいても何の不思議も無い。
プレイヤーの性能のせいだろう、音が酷く、少女の歌声とのバランスが取れていない。
道を歩く人たちは、立ち止まろうともせず、少女の前を通り過ぎていく。
しかし、確信にも似たこみ上げる胸の高鳴りを、俺は抑えることができなかった。
手足が震えている。全身に、血が巡るのを感じる。
ついに見つけたのだ。
「彼女」の意志を継ぐ者を。
小鳥のギターに、あずさのベースに、律子のドラムに、もう一度……命を吹き込む者を。
少女が歌い終えると、俺は待ちきれずに駈け寄った。
それに気付いたのか、少女は俺の方を見て、恥ずかしそうに笑ってお辞儀した。
俺はそれから、少女と話す機会を得た。
彼女は天海春香と名乗った。
歌うことが大好きで、小鳥たちのグループの大ファンでもある、と言う。
いつの日か、多くの観客の前で、大好きな歌を歌いたい。
そんな夢を抱いていることも、彼女は熱っぽく語った。
「彼女」が亡くなったことは、春香も当然知っていた。
その跡を継ぐ人材を募集している、ということも、彼女は理解していた。
それなら話は早い。
俺は765レコードのプロデューサー、という自分の身分を明かし、すぐにでも小鳥たちに会ってもらえないか、と提案した。
「彼女」や小鳥たちと初めて会ったときと同じくらいの興奮を、俺は感じていた。
いつものように滑らかに言葉が続かない。とてももどかしかった。
春香はまず驚き、そして瞳を輝かせ、頬をピンク色に染めた。
そしてその後、しばらくしてこう言った。
「でも……行けません」
あまりにも意外だった。
春香は少しだけ寂しそうに笑って、そして街を見上げた。
「どうしてだ? 君の夢を叶えられるかもしれない」
「私、ここで歌い始めて、ずいぶん経つんです」
「……」
「誰も聴いてくれなかった。私、楽器は弾けないし、これしか持ってないから」
春香は小さな、使い込んだプレイヤーを指して、そう言った。
「でも、歌うことしかできないから。いつか誰かが聴いてくれるって、そう信じて……」
――春香はこの場所で歌い続けた。
信じて、諦めず、ずっと。
そして、ついに春香の歌を聴いてくれる客が現れたのだった。
それは、近くに住んでいる老女で、春香はその女性を、以前から知っていたのだという。
ぽつり、ぽつりと春香は俺に、身の上話をしてくれた。
彼女は生まれながらに両親の顔を知らず、孤児院で育った。
数年前にこの街へ出てきて、働きながら歌っているが……その老女は孤児院で世話になっていた育ての親だそうだ。
幼い春香に、歌うことの喜びを与えてくれた。
生きていく勇気を得るための歌を。寂しさを抱きしめるための歌を。
その老女は春香のことを覚えていなかった。
彼女のことだけではなく、様々な記憶が、積み重ねてきた大切な時間が、老女の心から消えつつある。
街での、決して楽ではない暮らしの中で、春香は何度も諦めかけていた。
それをすくい上げてくれたのは、春香の恩師だったのだ。
奇跡が起きたと思った――春香はそう言った。
「しばらく前まで、ここに、聴きにきてくれてたんです。でも、今は……具合が良くなくて、外を歩けないんだ、って」
「……そうか」
聞けばその人は、かなりの高齢だそうだ。
ゆっくりと、しかし着実に、春香の大事な女性に、「死」という別れが近づいている。
春香はそのことを、知っているのだ。
「ここならきっと、きこえるから。聴いてくれているはずだから」
「……」
「だから……ごめんなさい。私、行けません」
「……そうだな」
春香の恩師に訪れる死と、俺たちから「彼女」を奪った死。
突然訪れる衝撃と、そうではないゆるやかなもの。
どちらにせよ、死とは別れだ。
俺は今までそう思っていた。
だけど、それは――違うのかも知れない。
死は、決して別れではない。
ならば本当は何なのか、とはっきりと言い表せるわけではない。
それでも悲しみに明け暮れるだけが、別れではないはずだ。
俺はポケットから携帯電話を取り出し、小鳥の番号へ電話をかけることにした。
「なんですか……? 一体」
ワゴンを降りた小鳥は第一声、俺にそう言った。
あずさと律子も一緒だが、一目見ただけで明らかに不機嫌だと分かる。
言ったとおり楽器は車に載せてきているようだ。
「よりにもよってここへ呼び出すなんて……何を始めるんですか」
小鳥たちにとってもこの場所は「彼女」との思い出が沢山残っている。
記憶を揺さぶって、傷つけることになってしまったかもしれない。
しかし、悲しむために彼女たちを呼びつけたわけではない。
「見つけたんだ」
「……見つけた?」
「新しいヴォーカリストだよ」
俺がそう言うと、小鳥たちは顔を見合わせて、肩を落とした。
「まだ探してたんですか……?」
「当然だろう」
「いい加減にしてください、プロデューサー。あの子の代わりなんて、いるわけが……」
「代わりじゃない!」
自分でも驚くほどに大きな声が出た。
小鳥たちの表情が変わった――無理もないだろう、彼女たちに怒鳴ったのはこれが初めてだ。
「どういう、ことですか」
「代わりなんて、いるわけがないよ。人間の代わりなんて誰にもつとまらない」
「……」
「でも、受け継ぐ者はいる。彼女がそうだ」
俺は振り返り、春香の方を見た。
表情が顔に出やすいらしい。不安がっているのが分かる。
俺と、小鳥たちを交互に見て、オロオロしている。
そして小鳥たちが、春香の方へと歩み寄った。
目の前で立ち止まり、春香を取り囲むようにしてにらみつける。
「まずは紹介する。知ってると思うが、小鳥、あずさ、そして律子だ」
間に入らないと、小鳥たちが何をするか分からない。
春香に与えられたものは歌であって、それを聞くまで小鳥たちには何を言っても無駄だ。
「あ……あの、天海春香です、よ、よろしくお願いし……わぁっ!」
勢いよくお辞儀しようとしたらしく春香が転んだ。
俺はそれを助け起こしたが、小鳥たちは冷ややかに見ているだけだ。
「この子が、そうだって言うんですか? あの子の歌を受け継ぐですって?」
「その通りだ」
「バカげてるわ。プロデューサー、何度もオーディションしてたでしょう」
「ああ」
「私たちだって、後からテープを聴きました。イヤだったけど……もしかしたらと思って」
「……」
「でも一人だっていなかった。いないのよ、どこにも」
「そんなことはない。ここにいる」
再び、俺も小鳥たちも沈黙する。
言い合いを繰り返しても平行線のままだろう。
「春香、ここで小鳥たちが一曲演奏するから、それに合わせて歌ってみてくれ」
「……プロデューサー、本気ですか!?」
俺は小鳥たちを手で制して春香を見る。彼女の動揺は最高潮に達しているらしい。
「そんな、急に! 無理です!」
「無理じゃない。彼女たちを納得させるには歌うしかないんだ」
「でも、私は――」
「無理矢理連れて行ったりはしないよ。君の歌を聴いてくれてる人に届くように、この場所で、歌ってほしい」
小鳥たちがワゴンから機材を運び出し、セッティングをする。
俺たちが語るために、これ以上の方法は無いのだ。
準備を整え、楽器を手にし、そして春香にマイクを突きつける。
「聞かせてもらうわ。覚悟して、これを持ちなさい」
かつて「彼女」がその手に持っていたマイクだ。
春香はもう一度、俺の方を見た。俺はただ頷き、そして春香は決心したようにマイクを手に取った。
律子がスティックでリズムを取り、そして――小鳥たち三人による前奏がはじまった。
夜の路地にメロディーが流れ始めた。
小鳥たちのデビューシングルであり、今もなお愛され続けている「彼女」の歌だ。
周りにある建物も、歩道の脇に並んでる並木も。
そして小鳥たちが立っている場所も、「彼女」と出会ったあの時と同じだ。
違うのは、今マイクを握り、歌おうとしているのが「彼女」ではなく、天海春香という少女であること――それだけだ。
街灯に照らされた春香の横顔が輝きはじめる。
小鳥のギターを、あずさのベースが支え、律子のドラムが高みへと導いていく。
ここは、彼女たちのきらめく舞台なのだ。
何度、諦めかけたか分からない。
数え切れないほどの恨み言を、神に、仏に投げかけた。
「彼女」が戻ってくるのなら、命を差し出しても良い、とさえ思った。
しかし今日、俺は春香に出会うことができた。
「彼女」が愛したあの歌を――希望に満ちた、誇りの歌を、継ぐ者が現れたのだ。
前奏が終わり、マイクを通じて、春香の歌声が通りに響く。
まるで電流が走ったかのように、小鳥たちの表情が変わった。
それぞれのパートを演奏しながらも、彼女たちの視線は、懸命に歌っている春香に向けられる。
申し分の無い、美しい歌声ではない。
「彼女」の声色と似ているわけでも、決してない。
春香は春香のまま歌い、それでもなお、「彼女」の歌声を継いでいるのだ。
『私にとってみんなはね――翼みたいなものなの』
かつて「彼女」が言った言葉が、俺の胸に甦り、響き渡る。
『みんながいるから、私、歌える。羽ばたける』
小鳥の、あずさの、律子の演奏が熱を帯びていく。俺の目と耳は、間違ってはいなかった。
『声も枯れて、おばあちゃんになってもさ』
まばらだった通行人がいつの間にか集まり、春香たちを囲み、歌に聞き入っている。
『みんなと一緒に歌って、みんなの夢を守ってきたことは』
閉ざされてしまった重い扉が、開く音がする。その向こうからは光が注ぎ込み、聞こえてくるのは大歓声だ。
『すっごい宝物になると思うんだ――』
春香は緊張も解け、小鳥たちと音楽を奏でていることを楽しんでいる。
春香の恩師にも、きっと聞こえているだろう。
春香は最後のパートを歌い終え、集まった観客と共に腕を振り上げた。
その姿が、「彼女」と重なる。
そう、彼女はこう言った。
『みんなが夢を見てる。それをずっと、ずっーと、守り続けるの』
そのために歌うこと、戦うことが、自分の生き様だ、と「彼女」は言った。
俺たちは「彼女」の言葉に心を動かされ、ここまで来た。
だから俺たちは、それを受け継ぐ。
どんな困難があろうとも、どれだけ時間がかかろうとも、必ず。
なぜなら、俺たちは――夢の守り人なのだから。
おわり
小鳥たちの賛成は得られなかった。
「彼女」が歌に込めた想いを受け継ぐ者などいるわけがない――そう言われた。
そうかも知れない。しかし俺は諦められなかった。
「彼女」の言葉は、今でもはっきりと思い出せる。
それは小鳥たちも同じはずだった。
俺はツテを通して募集をかけ、オーディションを開いた。
本音を言えば、小鳥たちも立ち会わせたかったが、彼女たちにはもう少し時間が必要だ。
何十人、何百人の歌声を聞き、話をした。
国中の土地を周り、「彼女」の歌を背負える歌い手を探した。
しかし――結果は好ましくなかった。
中には、一流と言ってもいいくらいの歌い手もいた。
しかし、俺たちが求めるものは、必ずしも技術ではない。
断り続けたことが響いたのだろう。
応募はどんどん減り続け、レベルも下がり、いつしかゼロになった。
行き詰まりだ。
やはり、「彼女」の歌は「彼女」にしか歌えないのか。
「彼女」が守ろうとしたものを、同じように守る者は、いないのだろうか。
失意のままに、俺は、ある街角へとやってきた。
小鳥たちと……そして「彼女」と、初めて出会った場所だ。
もう何年になるだろう。
あの時、ここで、彼女たちの音を聴いていなければ、今の俺はなかった。
でも、もしもあの日、彼女たちと出会わず、別々の道を歩んでいたのなら。
彼女が命を落とすことは、なかったのだろうか?
……思い上がりだ。
人の運命なんて、誰にも分かりはしない。
俺を、小鳥を、あずさを、律子を駆り立て、走らせていたのは、紛れもない、「彼女」の歌声だったのだ。
電池が切れた時計、燃料が切れた自動車、弦が切れたギター。
失ってしまった以上、もう元には戻れない。
……ここまでか。
心の中でそう呟いて、俺は、その懐かしい場所を後にしようとした。
その時だ。
「彼女」が立っていた場所に、誰かが立ち止まるのが見えた。
野暮ったいコートを着て、リボンをつけた、女の子だ。
小さな、年代物のCDプレイヤーを抱えている。
なぜか気になった。
しばらく見ていると、少女は――どこか遠くを見上げてから、プレイヤーのスイッチを入れた。
ノイズと共に前奏がはじまる。
……「彼女」の歌だった。
CDもかなり売れたしカラオケにだって配信された曲だ。
あの歌を知っていて、歌う人がいても何の不思議も無い。
プレイヤーの性能のせいだろう、音が酷く、少女の歌声とのバランスが取れていない。
道を歩く人たちは、立ち止まろうともせず、少女の前を通り過ぎていく。
しかし、確信にも似たこみ上げる胸の高鳴りを、俺は抑えることができなかった。
手足が震えている。全身に、血が巡るのを感じる。
ついに見つけたのだ。
「彼女」の意志を継ぐ者を。
小鳥のギターに、あずさのベースに、律子のドラムに、もう一度……命を吹き込む者を。
少女が歌い終えると、俺は待ちきれずに駈け寄った。
それに気付いたのか、少女は俺の方を見て、恥ずかしそうに笑ってお辞儀した。
俺はそれから、少女と話す機会を得た。
彼女は天海春香と名乗った。
歌うことが大好きで、小鳥たちのグループの大ファンでもある、と言う。
いつの日か、多くの観客の前で、大好きな歌を歌いたい。
そんな夢を抱いていることも、彼女は熱っぽく語った。
「彼女」が亡くなったことは、春香も当然知っていた。
その跡を継ぐ人材を募集している、ということも、彼女は理解していた。
それなら話は早い。
俺は765レコードのプロデューサー、という自分の身分を明かし、すぐにでも小鳥たちに会ってもらえないか、と提案した。
「彼女」や小鳥たちと初めて会ったときと同じくらいの興奮を、俺は感じていた。
いつものように滑らかに言葉が続かない。とてももどかしかった。
春香はまず驚き、そして瞳を輝かせ、頬をピンク色に染めた。
そしてその後、しばらくしてこう言った。
「でも……行けません」
あまりにも意外だった。
春香は少しだけ寂しそうに笑って、そして街を見上げた。
「どうしてだ? 君の夢を叶えられるかもしれない」
「私、ここで歌い始めて、ずいぶん経つんです」
「……」
「誰も聴いてくれなかった。私、楽器は弾けないし、これしか持ってないから」
春香は小さな、使い込んだプレイヤーを指して、そう言った。
「でも、歌うことしかできないから。いつか誰かが聴いてくれるって、そう信じて……」
――春香はこの場所で歌い続けた。
信じて、諦めず、ずっと。
そして、ついに春香の歌を聴いてくれる客が現れたのだった。
それは、近くに住んでいる老女で、春香はその女性を、以前から知っていたのだという。
ぽつり、ぽつりと春香は俺に、身の上話をしてくれた。
彼女は生まれながらに両親の顔を知らず、孤児院で育った。
数年前にこの街へ出てきて、働きながら歌っているが……その老女は孤児院で世話になっていた育ての親だそうだ。
幼い春香に、歌うことの喜びを与えてくれた。
生きていく勇気を得るための歌を。寂しさを抱きしめるための歌を。
その老女は春香のことを覚えていなかった。
彼女のことだけではなく、様々な記憶が、積み重ねてきた大切な時間が、老女の心から消えつつある。
街での、決して楽ではない暮らしの中で、春香は何度も諦めかけていた。
それをすくい上げてくれたのは、春香の恩師だったのだ。
奇跡が起きたと思った――春香はそう言った。
「しばらく前まで、ここに、聴きにきてくれてたんです。でも、今は……具合が良くなくて、外を歩けないんだ、って」
「……そうか」
聞けばその人は、かなりの高齢だそうだ。
ゆっくりと、しかし着実に、春香の大事な女性に、「死」という別れが近づいている。
春香はそのことを、知っているのだ。
「ここならきっと、きこえるから。聴いてくれているはずだから」
「……」
「だから……ごめんなさい。私、行けません」
「……そうだな」
春香の恩師に訪れる死と、俺たちから「彼女」を奪った死。
突然訪れる衝撃と、そうではないゆるやかなもの。
どちらにせよ、死とは別れだ。
俺は今までそう思っていた。
だけど、それは――違うのかも知れない。
死は、決して別れではない。
ならば本当は何なのか、とはっきりと言い表せるわけではない。
それでも悲しみに明け暮れるだけが、別れではないはずだ。
俺はポケットから携帯電話を取り出し、小鳥の番号へ電話をかけることにした。
「なんですか……? 一体」
ワゴンを降りた小鳥は第一声、俺にそう言った。
あずさと律子も一緒だが、一目見ただけで明らかに不機嫌だと分かる。
言ったとおり楽器は車に載せてきているようだ。
「よりにもよってここへ呼び出すなんて……何を始めるんですか」
小鳥たちにとってもこの場所は「彼女」との思い出が沢山残っている。
記憶を揺さぶって、傷つけることになってしまったかもしれない。
しかし、悲しむために彼女たちを呼びつけたわけではない。
「見つけたんだ」
「……見つけた?」
「新しいヴォーカリストだよ」
俺がそう言うと、小鳥たちは顔を見合わせて、肩を落とした。
「まだ探してたんですか……?」
「当然だろう」
「いい加減にしてください、プロデューサー。あの子の代わりなんて、いるわけが……」
「代わりじゃない!」
自分でも驚くほどに大きな声が出た。
小鳥たちの表情が変わった――無理もないだろう、彼女たちに怒鳴ったのはこれが初めてだ。
「どういう、ことですか」
「代わりなんて、いるわけがないよ。人間の代わりなんて誰にもつとまらない」
「……」
「でも、受け継ぐ者はいる。彼女がそうだ」
俺は振り返り、春香の方を見た。
表情が顔に出やすいらしい。不安がっているのが分かる。
俺と、小鳥たちを交互に見て、オロオロしている。
そして小鳥たちが、春香の方へと歩み寄った。
目の前で立ち止まり、春香を取り囲むようにしてにらみつける。
「まずは紹介する。知ってると思うが、小鳥、あずさ、そして律子だ」
間に入らないと、小鳥たちが何をするか分からない。
春香に与えられたものは歌であって、それを聞くまで小鳥たちには何を言っても無駄だ。
「あ……あの、天海春香です、よ、よろしくお願いし……わぁっ!」
勢いよくお辞儀しようとしたらしく春香が転んだ。
俺はそれを助け起こしたが、小鳥たちは冷ややかに見ているだけだ。
「この子が、そうだって言うんですか? あの子の歌を受け継ぐですって?」
「その通りだ」
「バカげてるわ。プロデューサー、何度もオーディションしてたでしょう」
「ああ」
「私たちだって、後からテープを聴きました。イヤだったけど……もしかしたらと思って」
「……」
「でも一人だっていなかった。いないのよ、どこにも」
「そんなことはない。ここにいる」
再び、俺も小鳥たちも沈黙する。
言い合いを繰り返しても平行線のままだろう。
「春香、ここで小鳥たちが一曲演奏するから、それに合わせて歌ってみてくれ」
「……プロデューサー、本気ですか!?」
俺は小鳥たちを手で制して春香を見る。彼女の動揺は最高潮に達しているらしい。
「そんな、急に! 無理です!」
「無理じゃない。彼女たちを納得させるには歌うしかないんだ」
「でも、私は――」
「無理矢理連れて行ったりはしないよ。君の歌を聴いてくれてる人に届くように、この場所で、歌ってほしい」
小鳥たちがワゴンから機材を運び出し、セッティングをする。
俺たちが語るために、これ以上の方法は無いのだ。
準備を整え、楽器を手にし、そして春香にマイクを突きつける。
「聞かせてもらうわ。覚悟して、これを持ちなさい」
かつて「彼女」がその手に持っていたマイクだ。
春香はもう一度、俺の方を見た。俺はただ頷き、そして春香は決心したようにマイクを手に取った。
律子がスティックでリズムを取り、そして――小鳥たち三人による前奏がはじまった。
夜の路地にメロディーが流れ始めた。
小鳥たちのデビューシングルであり、今もなお愛され続けている「彼女」の歌だ。
周りにある建物も、歩道の脇に並んでる並木も。
そして小鳥たちが立っている場所も、「彼女」と出会ったあの時と同じだ。
違うのは、今マイクを握り、歌おうとしているのが「彼女」ではなく、天海春香という少女であること――それだけだ。
街灯に照らされた春香の横顔が輝きはじめる。
小鳥のギターを、あずさのベースが支え、律子のドラムが高みへと導いていく。
ここは、彼女たちのきらめく舞台なのだ。
何度、諦めかけたか分からない。
数え切れないほどの恨み言を、神に、仏に投げかけた。
「彼女」が戻ってくるのなら、命を差し出しても良い、とさえ思った。
しかし今日、俺は春香に出会うことができた。
「彼女」が愛したあの歌を――希望に満ちた、誇りの歌を、継ぐ者が現れたのだ。
前奏が終わり、マイクを通じて、春香の歌声が通りに響く。
まるで電流が走ったかのように、小鳥たちの表情が変わった。
それぞれのパートを演奏しながらも、彼女たちの視線は、懸命に歌っている春香に向けられる。
申し分の無い、美しい歌声ではない。
「彼女」の声色と似ているわけでも、決してない。
春香は春香のまま歌い、それでもなお、「彼女」の歌声を継いでいるのだ。
『私にとってみんなはね――翼みたいなものなの』
かつて「彼女」が言った言葉が、俺の胸に甦り、響き渡る。
『みんながいるから、私、歌える。羽ばたける』
小鳥の、あずさの、律子の演奏が熱を帯びていく。俺の目と耳は、間違ってはいなかった。
『声も枯れて、おばあちゃんになってもさ』
まばらだった通行人がいつの間にか集まり、春香たちを囲み、歌に聞き入っている。
『みんなと一緒に歌って、みんなの夢を守ってきたことは』
閉ざされてしまった重い扉が、開く音がする。その向こうからは光が注ぎ込み、聞こえてくるのは大歓声だ。
『すっごい宝物になると思うんだ――』
春香は緊張も解け、小鳥たちと音楽を奏でていることを楽しんでいる。
春香の恩師にも、きっと聞こえているだろう。
春香は最後のパートを歌い終え、集まった観客と共に腕を振り上げた。
その姿が、「彼女」と重なる。
そう、彼女はこう言った。
『みんなが夢を見てる。それをずっと、ずっーと、守り続けるの』
そのために歌うこと、戦うことが、自分の生き様だ、と「彼女」は言った。
俺たちは「彼女」の言葉に心を動かされ、ここまで来た。
だから俺たちは、それを受け継ぐ。
どんな困難があろうとも、どれだけ時間がかかろうとも、必ず。
なぜなら、俺たちは――夢の守り人なのだから。
おわり
PR
この記事にコメントする
無題
正直言葉が出てこない、自分のこの気持ちを一体どんな言葉で表したらよいかそれすら分からない程の圧倒的な感情の込み上げを今感じています。
こんな素晴らしい動画を作って下さって本当にありがとうございます。これからも頑張ってください、大したこともできない私ですが陰ながら応援しています。
俺もこんな動画を作りたい
こんな素晴らしい動画を作って下さって本当にありがとうございます。これからも頑張ってください、大したこともできない私ですが陰ながら応援しています。
俺もこんな動画を作りたい
Re:
お話担当の左です。
>sattoshikさん
ありがとうございます。アイマスの設定なんかを無視しまくってしまいましたが気にいっていただければ嬉しいです。
>yuuheiさん
最近は提供までしてもらえるようになってたんですね。詳しく知らないですがポイントが必要だとか。本当にありがとうございます。
>なぢさん
そのキャッチを頭に入れつつ書き進めてみました。春香さんが歌えばそこがステージです。ありがとうございます。
>kaoruさん
ありがとうございます。これからも頑張ります。
>名乗るほどの無い者さん
誉められるのに慣れてないのでそこまで絶賛されてしまうとビビってしまうのですが、とにかくありがとうございます。動画、という表現法においてはド素人もいいところなので、ソフトの扱い方とかエフェクトとかを今後も勉強していこうかと思っています。ありがとうございました。
>sattoshikさん
ありがとうございます。アイマスの設定なんかを無視しまくってしまいましたが気にいっていただければ嬉しいです。
>yuuheiさん
最近は提供までしてもらえるようになってたんですね。詳しく知らないですがポイントが必要だとか。本当にありがとうございます。
>なぢさん
そのキャッチを頭に入れつつ書き進めてみました。春香さんが歌えばそこがステージです。ありがとうございます。
>kaoruさん
ありがとうございます。これからも頑張ります。
>名乗るほどの無い者さん
誉められるのに慣れてないのでそこまで絶賛されてしまうとビビってしまうのですが、とにかくありがとうございます。動画、という表現法においてはド素人もいいところなので、ソフトの扱い方とかエフェクトとかを今後も勉強していこうかと思っています。ありがとうございました。